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東京高等裁判所 平成5年(う)486号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役二年四月に処する。

原審における未決勾留日数中一五〇日を右刑に算入する。

押収してある覚せい剤一袋(東京高裁平成五年押第一五九号の3)、大麻樹脂二袋(同号の6及び7)及び大麻樹脂一個(同号の8)を没収する。

原審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は弁護人藤本勝也作成の控訴趣意書に、これに対する答弁は検察官伊藤厚作成の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

所論は、要するに、警察官が、被告人の友人で、原判示場所の居住者であるAの被疑事実に関する捜索差押許可状に基づき、いきなり被告人のズボンのポケットに手を突つ込んでその中から赤色小物入れを取り上げ、これに反発した被告人を、いまだ本件覚せい剤、コカイン及び大麻樹脂の予試験もしていない段階で、手錠を掛けて逮捕し、その上で本件覚せい剤等を差し押さえたのは明らかに違法であつて、本件覚せい剤等は違法収集証拠として排除されるべきであり、これに基づき有罪判決はなし得ないし、また、本件覚せい剤、コカイン及び大麻樹脂は、もともと被告人の所有物ではなく、Aが管理人の来訪に慌てて、被告人に対し、隠してくれ、あるいは片してくれと言つたため、被告人が急いでこれらを被告人のビニール手提げ袋やズボンのポケットにしまい込んだものにすぎず、その直後に警察官に押収されているのであつて、このような一瞬の占有を所持と認めることはできないから、原判決が、Bの原審証言及びAに対する原審の尋問調書(以下「Aの原審証言」という。)のうち、被告人に有利な部分を排斥し、被告人に不利な一部分のみを信用することができるなどと不可解な判断をして、原判示の事実を認めたのは、事実を誤認したものであつて、右の誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するに、原審において取り調べられた各証拠を総合すると、被告人の逮捕手続及び本件覚せい剤等の捜索差押手続に違法な点がないばかりか、原判示の事実を優に認めることができるから、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるとは認められない。以下、所論のうち、主要な点について説明する。

一  所論は、警察官は、被告人のズボンのポケットに手を突つ込んでその中から赤色小物入れを取り上げ、これに反発した被告人を、本件覚せい剤等の予試験もしないうちに、手錠を掛けて逮捕したものであつて、被告人の逮捕は違法であり、したがつて、本件覚せい剤等の薬物は、違法に収集された証拠として排除されるべきである、と主張する。

しかし、関係証拠によると、警察官黒薮重吉は、ほか数名の警察官とともに、原判示日時、場所において、Aに対するあへん、コカインの共同所持の被疑事実に関する捜索差押許可状に基づき捜索を開始したところ、同所の机の上にコカインらしい物等が置かれているのを発見し、その際被告人がソファーに横になつたまま、左右の手を背広やズボンのポケットに入れたり出したりして、何かを隠したのではないかと思われる動作をしたのを目撃したこと、そこで黒薮は、被告人が右許可状に基づく差押対象物件を隠したのではないかと考え、被告人に「何か持つているのか。」と質問すると、被告人は、「おれは関係ない。何も持つていない。」などと言つていたが、黒薮から更に追及されて、ポケットから手を出して両手をソファーについて立ち上がろうとしたこと、その際黒薮は、被告人が左手に赤い物を握つているのを見付けたので、麻薬ではないかと考え、かつ、証拠を隠滅されるのを恐れて右手で被告人の左手を押さえ、左手で被告人の右肩を押さえたところ、被告人は、左手に握つていた赤色小物入れをソファーの上に放したこと、黒薮が赤色小物入れの内容物を調べると、ビニール袋入り本件大麻樹脂二袋と本件覚せい剤一袋が発見されたこと(なお、原判決は、本件覚せい剤はビニール手提げ袋から発見されたとするが、赤色小物入れから発見されたものであり、この点は事実を誤認したものであるが、右の誤認は判決に影響を及ぼすものではない。)、さらに、黒薮らは、Aの部屋を捜索し、被告人が横になつていたソファーの上に置かれていたビニール手提げ袋から金属製ケース入りの本件大麻樹脂一個及びプラスチックケースに入れたビニール袋入り本件コカイン四袋や黒色セカンドバッグ内部等からコカイン等を発見したこと、そこで警察官らは、被告人らの立会いの上、所携の各試薬により予試験をした結果、覚せい剤、大麻及びコカインの陽性反応を示したため、被告人らを本件覚せい剤等の共同所持で現行犯人逮捕し、被告人には手錠を掛け、その後、本件覚せい剤等を差し押さえたことが認められる。

確かに、Bの原審証言には、黒薮が被告人のポケットに手を突つ込んで赤色小物入れを取り出したと述べる部分があるが、右供述部分は、Bが検察官の再主尋問を受けて、赤色小物入れがどういう形で警察官に押収されたかは推測でしか分からない旨述べ、また、捜索当時の様子は、警察官らの捜索を受けたなどのショックからあまり見ていない旨述べていること、その他関係証拠の内容に照らして信用することができないし、また、Aの原審証言にも、被告人は、本件覚せい剤等の薬物の予試験が実施される前に手錠を掛けられていた旨述べる部分があるが、右供述部分は、A自身がその点について再度確認されると、その点の時間的な前後関係は分かりかねるとも述べていること及び司法警察員作成の捜索差押現場写真撮影報告書等の内容に照らして前同様に信用することができない。

右のような事実関係からすると、被告人の逮捕手続及び本件覚せい剤等の差押手続に所論のような違法があるとはいえない。したがつて、所論は採用することができない。

二  所論は、被告人は、管理人が来たため慌てたAから、本件覚せい剤等の薬物を隠してくれ、あるいは片してくれと言われて、急いでその辺りにあつた物を被告人のビニール手提げ袋とズボンのポケットにしまい込んだにすぎない、もともと本件大麻樹脂や覚せい剤は被告人の所有物ではないから、BやAの物ではないとするB及びAの各原審証言は信用することができない、と主張する。

しかし、記録によると、B及びAの各原審証言は、自己が原判示当日コカイン、覚せい剤を所有し所持していたこと、あるいは覚せい剤を使用したことなど自己に不利な事実を認めた上で、本件捜索を受けた当時被告人が所持していた本件覚せい剤等は自己の物ではないと述べていること(ただし、Bは、本件コカインは自己の物であることを認めている。)、基本的には相互に一致していることなどに徴し、大綱においては事実を述べているものと認められ、ある部分では友人である被告人をかばつて虚偽の証言をしていると認められる点があるにしても、原判示の事実を認定する限度では十分信用することができるというべきである。そして、右証拠を含めた関係証拠によると、Aは、管理人が原判示日時ころAの部屋のドアをノックした際、被告人に対し、本件覚せい剤等の薬物を隠せなどと言つていないこと、管理人がドアをノックし、Aがドアを開けた直後に、警察官らがAに捜索差押許可状を示して同人の部屋に入つたものであるが、その間に被告人が部屋の中にあつた物をビニール手提げ袋に隠すなどの時間的余裕はなく、現に被告人がそのような行為をしたことはなかつたことが認められ、結局、関係証拠によると、被告人は、原判示当日の早朝、ビニール袋入り本件大麻樹脂二袋及び本件覚せい剤一袋の在中する赤色小物入れを着衣のポケットに入れ、金属製ケース入り本件大麻樹脂一個の入つたビニール手提げ袋を持つて、原判示のA方を訪れ、さらに、同人方に来たBが被告人とAに対し、「使えば。」と言つてプラスチックケースに入れたビニール袋四袋入りコカインをテレビ横の机の上に置いたことから、これをビニール手提げ袋に入れて、これらを所持していたものであつて、被告人がAに頼まれ、これらを一時的に自己のビニール手提げ袋及び着衣に隠したものでないことは明らかであるというべきである。

確かに、Bの原審証言には、被告人が警察官が来たのでとつさに手の届く所にある物を隠したのではないかと思うなどとする部分があるが、関係証拠によると、被告人とBの両名はAの部屋の中で接近して位置していたことが認められるところ、Bは、検察官に対する平成四年六月一七日付け供述調書において、同人は、前記のとおり、警察官らが捜索に来た際被告人の方を向いて座つていたから、被告人が部屋の中にあつた物をビニール手提げ袋に隠すなどという動作をすれば当然気が付くはずであるが、そのような事実はない、被告人は、前記のノックの音が聞こえた際はただソファーに座つていただけである、と供述しており、B自身も、原審証言中で右供述調書等はいずれも読み聞かされて間違いないということで署名指印したものであることを認めていることなどに徴すると、所論に沿うBの原審証言は信用することができない。

したがつて、所論は採用することができない。

以上の次第であるから、論旨は理由がない。

次に、原判決の法令の適用について職権で判断するに、原判決は、被告人が本件覚せい剤、コカイン及び大麻樹脂を所持していたことをそれぞれ別個の所持と認めて併合罪として処断している。

しかし、関係証拠によると、既に認定したとおり、被告人は、原判示当日の早朝、ビニール袋入り本件大麻樹脂二袋及び本件覚せい剤一袋の在中する赤色小物入れを着衣のポケットに入れ、金属製ケース入り本件大麻樹脂一個の入つたビニール手提げ袋を手に所持して、友人であるAの住居である原判示場所を訪れて、ソファーに横になり、右手提げ袋をソファー上の手の届く所に置いたままテレビを見るなどしていたことが認められ、同所でその日の午後逮捕されるまでの間にプラスチックケースに入れたビニール袋入り本件コカイン四袋を右手提げ袋に新たにしまいこんだ事実があつたにしても、右のような事実的支配の関係は全体を一個のものとみて、観念的競合として一個の行為で三個の罪名に触れるものとして処断するのが相当であるというべきである。したがつて、原判決は法令の適用を誤つたものであつて、右の誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

よつて、刑訴法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書を適用して被告事件について更に判決する。

原判決が認定した犯罪事実に、原判決が適用したのと同一の法令を適用し、右は一個の行為で三個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として最も重い覚せい剤取締法違反罪の刑で処断することとし、その刑期の範囲内で被告人を懲役二年四月に処し、刑法二一条を適用して原審における未決勾留日数中一五〇日を右刑に算入し、押収してある主文掲記の覚せい剤及び大麻樹脂は、犯人が所有するものであるから、それぞれ平成三年法律第九三号による改正前の覚せい剤取締法四一条の六本文及び同大麻取締法二四条の四本文により被告人から没収することとし、刑訴法一八一条一項本文により原審における訴訟費用を被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡田良雄 裁判官 阿部文洋 裁判官 毛利晴光)

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